勝手にお薬を付け足して服用している影響か、少し体調が

おかしい。感覚神経が過敏になっている様である。

後は新薬の副作用か、眩暈がある。シャワーを浴びている時も

気をしっかり持っていないと、ふらふらとして心許ない。

果たして新薬は有効に作用しているのであろうか。唯、これは

2週間服用してみないと分からないものなので、辛抱強く

服用を重ねてみようと思っている。お薬を付け足して服用して

眠っている事については、明日の電話診察で主治医に伝えよう。



今日は昨日よりもより深く眠っていた。夢は何度か見たけれども

ぐっすりと眠れて、過食嘔吐の疲れも取れた様である。

過食嘔吐。

食べる事にも心身の力を使うし、嘔吐する際は物凄く体力を

消耗する。
なので眠剤を服用し、床に就く頃にはぐたっと

くたばり、倒れこむように眠れるのである。だから寝付きに

関しては問題はない。断眠が問題である。今日は問題無かった。


そして嬉しい事に今日で工事は終わった!


まだアスファルトが剥がされたままであるので、いつかまた

道路を整える工事をするのであろうが、当分は騒音に

悩まされる事は無い。やっと平穏な日が訪れる。嬉しい!

私のストレスの大部分を占めていたものが無くなるだけで、

こんなにも心が楽になるとは思わなかった。それだけ苦しいもの

であったのであろうと感じる。



昨日の日記は読み返してみると、凄く堕ちていたと感じる。

兎に角、負の感情や辛苦ばかりが前面に出てきてしまって、

綴るのも辛かった。暗い事やつまらない心の引っ掛かりが

溢れ出して、どうする事も出来なかった。精神的に疲れて

しまっていたのであろう。あの後デパスを服用したら大分楽に

なったのであるが・・・。



暗い暗い気持ちに覆われると、成す術が無い。己でどうにか

せねばならない事は分かっているが、如何せん精神が負の方向へ

向かっているので、前向きになることは無理である。

世の中の人々は良く簡単に『前向きになれ・頑張れ』

ばかり吹聴している感じを覚える。疲れている時、苦しい時、

しんどい時にそんな事を言われても、無理な事である。

辛い状況に陥っている人を、励ませばいいと言うものではない。

唯、ゆっくりと見守ってほしいのである。あれこれ言われても、

辛い時は辛いし、疲れなど吹き飛ばないし苦しいものである。

うつ病を患ってそれを痛感している。矢鱈と励まされても、

そうできない自分が余計に情けなくなるのである。申し訳なく

感じるのである。『見限る』のではなく『見守る』

事を大切にして頂きたいと感じる。



心身ともに疲れている時は、お薬の力も借りて脳を休め、

そして身体も休める事が重要である。分かっていても中々

実践できないものであるが、自然とそういう方向へ歩んで

いけたなら、良いであろう・・・。
この所快晴の日が多く、物凄い暑さが続いている。

仕事とはいえども、工事をするのは大変であろうと中年の

方たちを考える。勿論騒音は私にとって心を掻き乱す、辛いもの

でしかないが、幾らお給料をもらっていても、この猛暑の中

日向で重機を操り間近で大きな耳障りな音を聞くのも辛いので

あろうなと感じた。それもこれも、大家が涼しい内に工事の

申請をしなかった事、それを面倒臭がって怠った為、こんな

苛酷な労働条件で働かねばならない中年のおじさんたちを

思うと可哀想になってしまう。



今日も騒音に起こされて、水道の蛇口を捻ったら水が出ない!

工事の為に地下水ポンプの元栓を締めたままであったのである。

とっくにその必要がなくなっても、そのままにしておいた様で

ある。こういう事は迷惑である。ライフラインでもある水が

出ないと、トイレも流せないしシャワーも浴びられない。

玄関先から作業中の人に「水が出ないんですけど?」

と聞いてみたら、『ああ、バルブ閉めたままだった。』と

他の作業員が復旧させた。謝罪の言葉も何もなかった。

がっくり来た。市から要請されて工事を施工しているのに

凄く横柄な態度をとられたことが度々ある。しんどいのは

解るが、水が止まる事は凄く困る事なのである。不手際で

バルブを閉めたままにしてしまっていたのに、

何の言葉もないのは、私がなめられているからであろう。



無事、水が止まる事も無くシャワーを浴び終えたら、比較的

心が落ち着いてきた。ゆっくりと読書を嗜み、水を飲みながら

氷を噛み砕いた。疲れたら少しぼんやりして頭を休め、

また本を読み始める。しかしこの暑さで怠くて仕方が無い。

夏はどうも好きになれない。体力をも奪われ、

動く気力も無くなる。食欲もついでになくなってくれたら

良いのに、『過食嘔吐』は止まない。



しかし此処の所、病状が悪いまま停滞している。

漠然とした不安や恐怖に襲われても、自分で対処する。

誰にも縋れない。縋った所でどうしようもないからである。

心許ない精神状態の中で、このどす黒いものが早く去って

くれないであろうかと願うのみである。此処の所は物凄く酷い

鬱に襲われる事は少なくなったが、それに襲われると、

忽ち不安定になる。苛々したり焦ったり、落ち着かなくなったり

するのである。そわそわとして、でもどうしようもなくて、

その時には『過食衝動』について考える暇も無く、

唯々「どうしよう・・・どうしよう・・・」と心の迷宮に

迷い込むのである。そして最後に考えるのが


である。


もうこんな苦しい状況を行き続けねばならないなら、一層の事

命を擲ってもいいのではないかとさえ思う。

しかし、母を置いてこの世を去ることは出来ない。だから

只管我慢して生きる道を選ぶのである。



この様な状況に陥るのは週に1度位であるので、どうにか対処

できる。今日はそんな苦境に襲われなかった。それだけでも

儲けモノだと考えるしかない。勿論お薬の助力も借りているが。

以前は毎日この状況に陥っていた。そしてその度に手首を

切り刻んでいた。だらだらといつまでも流れ続ける自分の血液を

見て、何故だか安堵感を覚えた。

リストカットはもうずっとやっていない。これは、例えるなら

辛苦・哀しみ・恐怖・不安で心の風船がはち切れそうになって

いて、それを破裂させる為に手首を切るという行為に走っていた

のであろうと感じる。その為、気の済むまで切り刻み、

後片付けをして消毒をした後は、すっきりしていた。



今はリストカットに走る迄も無く、『過食嘔吐』

補えているのであろう。ガス抜き。上記の感情を拭い去る行為。

リストカットを必要としなくなったのは、以前の様に激しい

勢いで苦しい感情が膨れ上がる事が無く、落ち着いているという

事であろう。後片付けも大変だったので、やっと落ち着いている

感じを覚える。



明日は夕方から病院へ行く事になっている。今飲んでいるお薬の

組み立て直しをする為である。そして主治医と対面して

話すのも久し振りである。夕方ならばきちんと起きられるし、

余裕もある。


今日は早目に眠る事にしよう。
久し振りにゆったりと過ごせた気がする。

何度か断眠したものの、また直ぐ寝付く事ができた。

しかし如何せん身体が重い。これはうつの症状だと咄嗟に

感じた。けれども『シャワーを浴びなければならない。

『ミネラルウォーターを飲み続けなければならない。

等、『〜しなければならない』と言う観念で頭は

一杯であった。ゆったりと過ごせている中にも、このように

強迫観念の症状が紛れ込んでくるので、疲れてしまう。




そして氷の食べ過ぎか、お腹を下す。

自業自得であるし、本当に馬鹿馬鹿しい毎日を送っている。

唯一の救いなのは、過食衝動がない事である。

日中は何故か何も食べる気にはなれない。唯、夏バテしてしまい

これ以上身体が動かなくなる事を考慮して、スープを口に含むが

それが過食嘔吐への起爆剤になる事はない。




心穏やかに日中を過ごせるのは、お薬の作用のお陰でもある。

きちんと服用していれば、心身が鎮まり苦しい事はない。

けれども、夜の事を思うと途端に憂鬱になる。

惰性とはいえども

『過食と嘔吐をしなければならない!』

と言う強い思念が頭に蔓延っているからである。




そこで、カウンセラーの言葉を思い出した。

「何でも少しずつね。いきなり過食嘔吐を0回にしても

そんな急に階段をのぼってしまったら、直ぐ元に戻る事も

あるから。ゆっくりといきましょう。」


というものである。



毎日のちょっとした変化の積み重ねが

やがて治癒に繋がっていく。




そうも仰っていた。




病気の症状は筆舌に尽くし難い程苦しいものである。この症状

さえなければ、今頃働いたり、美味しいものを食べて満足感を

得たり、恋愛をしたり、そして健康的な悩みを抱えたりと

私の世界の色が変わってくるであろう。だから焦ってしまう。

『早く治したい。この苦しみから早く解放されたい。』

と考えがちである。しかし、毎日のちょっとした積み重ねが

やがて治癒への道を歩いていく事になる事を、今痛感している。




事を急いてはならない。焦っても、良い結果は生まれない。

例え我慢に我慢を重ねて『過食嘔吐』をしないように努力しても

いつかその我慢が爆発して、もっと酷い状態になるかも

知れない。急な階段を急いでのぼろうとするよりも、今自分に

出来る事を考え、落ち着いた心で日々を過ごす事が大切である。

でも、やはり病気の症状はつらいのである。

だから早く其処から脱したいと、気が急いてしまうのかも

知れない。




比較的落ち着いていると、読書に耽ることもできるし、

身体をゆったり休ませる事もできる。

しかし何故か、私は何時も時間に追われているような気がする

のである。落ち着いていると思っても、どこか心の隅では

そわそわしている部分がある。それがストレスとなり、

夜の過食嘔吐爆発に繋がるのかもしれない。

でも1日2回に抑えられているだけでも儲けモノである。

その2回ですら体力を激しく奪い、苦しい目にあう。

しかしそうする事によって、心身のバランスを保っている部分も

ある。だから忌むべき『過食嘔吐』も邪険に

扱う事はできない。今の私には必要な症状として受け止め、

毎日を生きていくしかないのであろう。




今立ち止まっている場所から、動いていないと見えても、

日々の積み重ねによって少しずつ風景は変わってきている。

その積み重ねが、やがて長いスパンで見れば、大きな変化を

遂げているかもしれない。それが悪い方向へなのか、良い方向へ

なのかは感じ取る事は難しいが・・・。




今の私が落ち着いていられるのは、主治医から処方された

お薬に因る助力、ストレスが少しずつ減少している事実が

大きい。また、フレキシブルに対応してくれる主治医は、

病院まで行けなくても電話で診察をして下さる。これには

随分助けられている。




兎に角事を急く事なく、長い目で自分の行く末を見たい。
夜中の過食嘔吐は、幾分早目に終わらせる事が出来て、睡眠を

充分に摂る事が出来た。ゆったりと眠れた日は、幾許か心も軽く

鬱によって沈み込むことは少ない。そしていつも通りに日中薬を

服薬し、一服して読書に耽る。こうして落ち着いた日中を

過ごせた事は久し振りで、「ゆっくりできて楽だ」という

気持ちを堪能した。




しかし、やはり夜になると辛い。



必ず過食嘔吐をしなければならないからである。



それを思うと夕方辺りから気分は少しずつ堕ちてくる。虚しい。

どうして毎日こんな事をせねばならないのかと己を呪う。

『過食嘔吐』は凄く苦しい行為である。

それが分かっていながらも、やらねば気が済まない。

此れは昨日の日記に綴った通り、『寂しい・哀しい』

心の奥に潜んだ想いが、それを紛らわせる為に爆発してしまう

からであろう。




表面的には、「過食嘔吐が辛い、苦しい、耐えられない」

言った症状に対してだけ、重たい苦しみが胸を去来する。

そして身体中が悲鳴を上げる。けれどそうする事によって、

あらゆる思念が爆発し、煙を残しながら一時的に消えていくのは

確かである。しかし、根本は何も変わっていないので2回目へと

雪崩れ込んでしまうのであろう。




やはり大切なのは、『寂しい・哀しい・心細い』と言う

思いを無視してはならないと言うことであろう。

過食嘔吐は、それらの思いを無視する為に見ない様にする為に、

心の悲鳴から逃れる為にやってしまう行為なのであろう。




でも、日中は過食衝動に殆ど襲われない。唯、休養を充分摂って

睡眠も充分であった時のみであるが・・・。因って今日の様に

ぐっすり眠れて、夜の過食嘔吐の疲れが取れた日中は落ち着いて

時間をたっぷり有効に過ごす事ができる。大好きな読書も

嗜める。夜もこの調子でいけたら良いなと思うが、私の病理の

根っこは奥底にまで蔓延っている。それらを断つ事は難しい。




穏やかな時間を過ごす事ができたからか、今日は自分で料理を

する余裕があった。とは言っても簡単なものしか作れないが・・・。

作ったのはカレーであるが、母はカレーが苦手な為、鍋一杯の

カレーは数日かけて私が消費するつもりである。

でも所謂一般的なカレーの具は入っていない・・・。

キャベツが大好きなので、それをざくざく切って煮る。そして

先日特売で購入した鳥の手羽元を入れ、安い大量の鳥皮で出汁を

とった。そして甘口のカレールーでも私にとっては辛いので、

ヨーグルトをたっぷり入れてチョコレートは隠し味程度に

入れておいた。牛肉が苦手な私にとっては鶏肉の入ったカレーの

方が好きなのであるが、この奇抜な料理は誰も食べたくないと

思うであろう。けれども料理が出来ると言う余裕が出来た事が、

私にとって一番の収穫である。この様にして穏やかな午後を

過ごした。




問題は夜である。



いくら『過食嘔吐したくない』と思っていても

時間が来れば急かされる様にそれに走ってしまう。

本当に情けないし悔しい。




終わりが見えないこの病気・・・その上のうつ病・・・。

いつか生活が破綻してボロボロになっている自分が浮かんでくる

のである。




今私に出来る事は、ゆっくりと心身を休め休養する事、

無理をしない事であろうと感じている。

それに協力してくれる母には本当にありがたいと感じている。

感謝してもし尽くせないほどである。




自殺の事だけはなるべく考えないようにしてやっていきたい。
生活リズムが乱れた2〜3日、良質な睡眠を得る事が出来ず

辛い思いをした。その上に過食嘔吐が付き纏ってきたものだから

もう何もかも放棄して消えてしまいたいとさえ思った。




精神の病気を患っている人間にとって、睡眠はとても大切な

ものであると痛感した。


眠れないと、私は何処からともなく訳の解らない苛立ちが

沸々と湧いてくる。その苛立ちは、『過食衝動』を呼ぶ。



『過食衝動』・・・。

私はこの衝動を前にすると途端に無力になる。単に食べなければ

良いのであろうが、「食べなくては、食べなくては」との

想いが襲来する。摂食障害を患っていない人であれば、適度の

食べ物を食べて、やり過ごせるであろう。

しかし私は、一旦何かを食べてしまうと止まらないのである。

嘔気を催すまで止まらない。此れは心身に多大な負担をかけるし

物凄い苦しみを覚える。なのでこの2〜3日は辛かった。




昨日から徐々に生活のリズムが今までの様に戻ってきた。

今までの生活リズムも決して褒められたようなものではない。

夜と夜中に過食嘔吐をする為に、眠るのが朝になってしまう

という乱れ具合である。けれども1日に8〜9回過食嘔吐を

繰り返し、その合間に手首を傷つけるような滅茶苦茶な頃よりは

大分マシであるとは感じる。しかしこの昼夜逆転

正さねばならないであろう。




人間は、朝起きて朝陽を浴び、体内時計の調整を行なう。

そうする事によって夜に眠り、朝起きるという習慣が付く。

そして眠っている間に、様々な身体を癒すホルモンも分泌されて

幾分身体も楽になるであろう。けれども問題なのは、



「朝起きてしまうとやる事がなくて過食を誘発して

しまうと言う事である。」




今の生活では昼過ぎに目覚め、その日中は拒食で通している。

そうやって何も食べない方が、身体の調子が良いのである。

ミネラルウォーターを2リットル飲んで、新陳代謝を促す。

すると身体がすっきりするのである。

そうやって日中を過ごし、夜は無理をせず過ごす事で、

精神の均衡が保てているのである。




だから、今の生活リズムが自分に合っていて崩すのが恐いとも

感じる。『過食嘔吐』を我慢した事によって、あんなにも

生活のリズムを崩し、ボロボロの状態になってしまったので

あるから・・・。なので今日もゆっくり睡眠を摂り、心身を休める

事が出来ると精神的にも暗くて廃れた状態からは抜け出せている

のである。




ゆっくりと睡眠を摂る事は、精神の病を患っている人間にとって

やはり必要不可欠のものであると感じる。眠っている間に

きっと起きていた時間に感じたストレスや辛苦、悲しみも

癒してくれるであろう。だから私は睡眠を大切にする。

『睡眠を大切にする、それによって心身の疲れを取る』

と言う考えは、主治医も同じである。なので私がぐっすりと

眠れるお薬を処方してくれているのである。




ぐっすり眠れた日中は、比較的楽に過ごせる。読書も出来るし、

平穏な気持ちになり、落ち着いている。過食衝動も起こらない。

唯、不健康な生活リズムである事は承知しているので、

正していきたいとは思う。こんな生活リズムでは病院にさえ

行けなくなってしまうから・・・。カウンセリングも診察も

規則正しく継続していかねば効果は現れないのである。




明日は電話カウンセリングがあるため、充分に眠れる事は

出来ないかも知れないが、どうにか臨機応変に対処したい。

そして焦らずゆっくりと歩みたい。
今の私には、どうやら『過食嘔吐の回数を減らす』という

事は重荷であるのに気付いた。取り敢えず今までの通り、

『夜と夜中2回の過食嘔吐』

と言う事で生活のリズムを整えていきたいと感じる。

そうしなければ、良質な睡眠が摂れず、心身の負担も溜まって

しまうのである。今は『過食嘔吐を1回にする』と言った

少し思い目標は達成できないと思う。だから、少しでも栄養を

摂取したり、読書の時間を増やしたりする事によって、

何とか共存していかねばと感じている。




勿論、2回も過食嘔吐をやると物凄く苦しい。こんな事が

毎日毎日同じ時間に繰り返されるのであれば、永遠に眠りたい

とさえ思う事もある。過食嘔吐の症状だけではない。それに

付随してくる体調不良や心的負担が堪らなく苦しいのである。

その上うつ病の症状まで纏わり付いてくるのであるから・・・。

だから自分で決めた『1日の過ごし方』を破る事なく

毎日を送る事で精一杯なのである。




一時期落ち着いていたのは、この様な生活リズムを守って

いたからこそであったと感じる。到底まともな生活とは言える

ものではなかったが、何とか心の余裕を取り戻せるまでに

なっていた。しかし一旦綻び始めると、あちらこちらに不具合が

出てきてしまい、お薬を服用するタイミングを逃していつまでも

眠れなかったり、過食嘔吐の回数が増えたりしてしまう事が

分かった。不健康な生活であるが、一応のリズムを保つ事で

少々ではあるが、色んな事に思考を巡らせる時間も出来る。

そしてやっと今日、何とか今までの生活習慣に近づける事が

出来た。




いつもより2〜3時間早く目覚めてしまったが、ゆっくり

ソイラテを飲んで一服し、その後暑さに耐えかねてシャワーを

浴びた。凄くさっぱりして、もう過食しようなんて気には

ならなかった。それにこの暑さで食べる気も失せるのである。




シャワーを浴び終わった後、ゆっくり読書を嗜んだ。

此処の所生活のリズムがぐだぐだであったので、久し振りに

小説の世界に浸れた。そうすると心も落ち着いてくる。

しかしいつもの如くミネラルウォーターを、氷を齧りながら

2リットル飲んだ為にお腹を下してしまったが・・・。

けれどもいつもの生活が戻ってきたような感じがして、凄く

安堵した。日中のお薬もいつもの様に服用して、心身を休められ

少々の気怠さと眠気で脳も休まった気がする。

ゆっくりと時間を過ごせる事で、今までささくれ立っていて

荒くれていた日々が沈静していくのを感じた。




無論、出来る事なら過食嘔吐の回数を減らしたい。

しかし、今はまだ時期尚早である事を思い知らされた。

『生兵法は大怪我の基』というのは正にこの事である。

もっとゆっくり自分を見つめ直し、きちんとカウンセリングや

診察を継続して続けた上で計画的にやっていった方が

私には合っているのではないであろうか。

甘い考えであることは解っているし、努力をしていない、

頑張ってもいないと言われても仕方がないのかも知れない。

しかし、私は今の生活を送るので一生懸命で必死である。

昼間過食嘔吐しないように、色々対策を練ってシャワーを

浴びたり、ノンカロリーのミネラルウォーターやお茶を飲んだり

する事で本当に精一杯である。だから、専門家の提案を取り入れ

ながら、自分も納得できる形で、病気と取り組んでいきたい。




いつまでも逃げてばかりはいられない事は分かっている。

しかし、一時期の私は1日に8〜9回の過食嘔吐をして

眠る暇も惜しんでいた。その上に毎日のように手首を傷つけて

いた。そんな中、大学へ行き勉強していたし、レポートも試験も

こなしていた。その様な落ち着きも無い状態であった上に

家庭環境も、妹が子どもを連れてで戻ってきた事で、

病気の私が一番悪者で邪魔者で厄介者だとして扱われた。

その時期から比べると、今は物凄い落ち着きが其処にある。

ずっと手首を切るという自傷はしていない。偶に自分が嫌に

なって己の頬を何発も殴ったり、他の方法で自傷したりと

心がぐしゃぐしゃになる事もあった。しかし以前と比べたら

ずっとマシである。こうやって落ち着いて文章を綴る事さえ

思ってもみなかったことである。




自分のペースでゆっくりと自らの病気について考えたい。

自分1人ではあらぬ方角へ思考が向かってしまう為、主治医や

カウンセラーの助言のもとに、これからの事を理路整然と

考えたいものである。
相変わらず今朝方までかかる2度目の過食嘔吐は物凄くきついが

自業自得だと言い聞かせ、動かない身体に鞭を打って後片付けに

没頭させる。しかし、最近断眠する事が多くなった。

今までは疲れ切って15時くらいまで眠り続けていたのであるが

まず9時頃目が覚め、また眠り次は12時に目が覚める。そして

14時に目が覚めた頃、「そろそろ起きようかな」とも

思うが、まだお薬が体に残っているようで結局15時過ぎまで

眠っている。ぶつぶつと睡眠が途切れると、現実と夢との境目が

曖昧になる。まるで幻覚を見ているように、余りにも生々しい

現実感を覚えながら、うつらうつらと眠りに引き込まれる。




最近、日中に過食衝動が起きる事は全く無くなった。

寧ろ食べ物を見ると嘔気さえ催すのである。以前の私であれば、

食べ物が目に入ったら、昼夜関係なく食べ物を詰め込んでいた。

家庭環境が悪かったと言う事も一因である。

兎に角妹や母に病気の事で責められ、居場所も逃げ場もなく、

唯只管食べている事で気を紛らわせていたのである。

今は静かな環境の中過ごせているので、心は落ち着いており、

無茶苦茶食べたいなどと言う衝動は薄れている。



しかし夜は収拾がつかない。



『過食嘔吐したくない!!』

と言う思いを心が叫んでいるが、もうきっかけなど関係なく、

本当に惰性で時間がきたら食べてしまうと言った感じである。

本当にもううんざりである。




昼間は比較的平穏な気持ちで過ごせる。コーヒーを飲んだり、

只管ミネラルウォーターを飲み続け、読書を嗜む。

小説の仲の世界に身を投じていると、心が粟立つように

イライラしたり、自分を傷つけたいと思ったりする事は無い。

この日中の平穏な気持ちのまま、夜も無事に過ごせて、

過食嘔吐も無く、眠りにつけたならどんなに良いであろうか・・・。




やはりネックは『お酒』であろう。

主に発泡酒を夜から飲み始めるのであるが、

日中ピンと張り詰めた心が弛緩する。緊張も解れ、楽になる。

それだけなら言いのであるが、アルコールの効果で食欲が

増してしまう。だからアルコールが入ると



気が大きくなり、過食嘔吐に走ってしまう。



自分の力ではどうしようも無い。心の裏の裏、ひだに隠れていた

過食衝動が突き上げてくるのである。毎日この繰り返しで、

もう正直夜が来るのが本当に嫌なのである。

しかし、私にとって過食嘔吐は必要な症状であるから、

無理に抑え込んでしまえば、また別の形で何らかの症状が

暴発してしまうのであろう。




最早手をつけられない程に、夜になると病気が暴れまわる。

きっと無理矢理抑え付けるのではなく、その症状を優しく

抱き締める事が必要なのであろうと感じるようになった。

傷付きボロボロになった心が過食嘔吐を欲してあるのならば、

その傷を癒し、『食べなくても大丈夫だよ』

と自らのささくれ立った心を抱き締めるしかない。




母と2人での生活では、本当に穏やかな空気が流れている。

母が其処に居てくれるだけで、安堵感を覚えるのである。

特別接していなくても、存在だけで温かさを感じる。

正にかけがえの無い存在である。




小さい頃に受けた心の傷は、きっと時間とこの空気が少しずつ

癒してくれるであろうと、ほんの少し楽観的な想いがある。



柔らかで優しいこの空気、環境。



嫌な事等泡にして弾き飛ばせたならと感じる。
目覚めたくないと思う、いつも。

どうして『明日』がやってきてしまうのであろう。

私は望んでなどいないのに。また同じ苦しみの繰り返しを

する位なら、一層の事いつまでも、ずっとずっと眠っていたいと

考える。




強迫性障害の症状から来る、

『〜〜をせねばならない』

『何時までに〜をしておかねばならない』

等という決まり事に縛り付けられ、夜になれば過食嘔吐の嵐。



「本当は食べたくない!!」



と心は叫ぶ。だからお酒と煙草で誤魔化して、過食を始める

時間を遅らせる。しかし、日中食べ物を食べていない私の身体は

飢餓状態にあって、只管食べ物を欲する。だから殆ど惰性で

食べ始めて苦しむ羽目に陥る。自業自得で馬鹿みたいだ




今日は夕方、妹と妹の彼氏と姪が家にやってきた。

役所の手続きで必要な書類を受け取りに来たのである。

姪と会うのは凄く久し振りで、テンションが少し上がった。

3歳になり、髪も伸びて身長も伸びていた。姪は好き嫌いが

殆ど無く、御飯を沢山食べる。おやつも食べる。しかしその分

沢山走り回り、動き回り、元気一杯なので、すくすくとこのまま

真っ直ぐに成長していってくれたなら、心に温もりを感じ、

幸せだと思える。




大切な家族たち・・・。

私はいつも感謝している。こうして療養生活を送れているのも

母のお陰であるし、ゆったりとした環境である事が本当に

救いとなっている。妹達と住んでいた時は、落ち着く所か

邪魔者、迷惑者扱いであったのである。

病気だという理由で邪魔者、迷惑者と言われ、苦しかった。

だから今のこの家の雰囲気、母との関係はとても温かく

感じられるのである。

未だ、子どもの頃の母へ対する恐怖は完全に消えた訳では無い。

しかし今の母は本当に温かく優しく、慮ってくれる。

その落差に、違いに正直言って違和感を感じる。

昔の母と今の母が一致しないのである。

今の母こそ本来の慈愛深い心を持った人間だと感じる。

元々優しく、思い遣りに溢れる人である。ドラマや映画を観ても

感情移入をして凄く大泣きするのである。



そんな母の存在が私にとって、救いとなっている。



カウンセリングや診察を重ねていく事によって、一致していない

昔の鬼の様な母と今の慈愛深い母とが何れは同一と見做す事が

出来るであろうと感じている。

そしていつか私の病気が寛解に向かったら、一緒に母の好きな

温泉へ旅行に行きたいと思っている。実の所私は温泉や

大衆浴場が苦手なのであるが、母の為を思うとそんな事

吹き飛ばせる。




今日も母に感謝しつつ、温かさを分け与えてくれるありがたさを

噛み締めて、嫌でもやってくる明日に向かって顔を上げ一歩でも

歩みを進められたらと思っている。
夜中の過食嘔吐をした後、また畳まれた蒲団の上に

ぶっ倒れた。「これ以上動けない」と身体は動く事を拒否した。

頭も働かない。何もする気が起きない。しかし胃薬や眠剤を

服用せねばならないので、動かない身体を持て余し、只管

葛藤していた。

夜中の過食嘔吐の前に、もう限界は来ていたようで、

1時間程眠っていた。そしてまたお酒を飲みなおし、2回目に

突入してしまったのである。だから必然的にいつもより時間が

ずれ込んで全てが終わったのは午前6時過ぎであった。




『過食嘔吐は本当に辛い。苦しい。もう嫌だ!』




毎日毎日そう思っているのに1日たりとも止める事は出来ない。

自分が情けないからであろうか、病気がそうさせているから

であろうか。きっと後者であろう・・・。この病気の症状によって

生きる事が出来ているといっても過言ではない。

私の様な生い立ちを持った人が、統合失調症にならないで

いられるのは、過食嘔吐や強迫神経症、その他の神経症が

発症してそれを押さえ込んでいるのであろうと主治医は仰った。

精神が耐え切れない事は沢山あったし、今もある。しかし何か

脆弱なりにもおかしな強さを精神は兼ねており、ギリギリの所で

留まっている感じである。




抑うつ状態に陥る事も凄く苦しい。身体も精神も弛緩した感じで

全く何もする気になれない。千羽鶴も折れないし読書も

出来ないのである。この様な虚空な時間は自分が廃退していく

みたいで本当に苦しい。でもそんな時は頭を真っ白にしてみたら

良いと助言を頂いたので、その方に感謝しつつその状態に

なれるようにしたい。




目覚めたのは17時過ぎであった。途中メールの着信音や

テレビの音で断眠したが、直ぐ枕に顔を突っ伏して眠った。

最近は過食嘔吐による疲れ

酷いので、眠剤を少し減らしてもこんな遅くまで眠ってしまう。

どんどん生活習慣が乱れていく自分が途轍もなく腹立たしい。

何とか家事をこなすだけで精一杯である。




そして起床後シャワーを浴び、ゆっくりアイスミルクティーを

飲みつつ一服していたら、もうスーパーへ行く時間になった。

余計な事を考える暇もなかったので、それはそれで良かったと

思いたい。




今日の夕焼けはとても綺麗であった。オレンジ色のとろけそうな

夕陽が辺りを橙色に染めていく。水を得てすくすく育つ稲は

風に揺れ、確実に命を育む。鳥はさえずり、花々は芳香を放ち

例えコンクリートや電線や人工的な大きな建物に区切られた

風景でも、こういった自然はしっかりと生き続けている。

ぼんやりと眺めながら、ゆったりとする心を取り戻せたような

気がする。やはり自然と人間を切り離してはならない。




そんな時、主治医から聞いた言葉が甦る。沖縄の田舎の方では

人工的な仕事をしなくても、自然と向き合い野菜を作り、

自分の食べるものを確保して、今でも物々交換が行なわれている

所もあると聞いた。その日食べるものだけを確実に確保して

自然の恵みに感謝しながら食べ物を食べる・・・。きっとそのような

所では『摂食障害』等と言う

病気は発症しないであろうと感じる。太陽の光、水のせせらぎ、

木々の放つ清々しい空気。そんな自然に囲まれたらどんなに

幸せであろうかと空想する。しかし私はこのモノに溢れた

現代社会を生きている。

食べたい!過食したい!と思ったら24時間稼働している

コンビニへ行けば良い。食べ物が溢れている。

これでは病気は悪化する事はあれども、寛解する事は難しいと

感じる。




自然だけの地域に放り込まれたら、今の私はきっとパニックに

陥るであろう。それだけ今の私には摂食障害の症状

必要なのであろうと痛感する。




いつか寛解へ向かう事を信じて・・・それだけしか今の私には

想う事は出来ない・・・。
昨日は非常に体調が悪く、久し振りに体の振るえ、気分の悪さ、

果てしない怠さに身体が自分のものではないように感じた。

どうにかしようと、トマトのポタージュスープを少しずつ口に

含んだり、ナトリウム分の多い梅干を1つ、ちまちまと食べたり

カリウム補給の為スポーツドリンクを飲んだりして過ごした。




あんなに体調が悪い事は久し振りだったので、過食嘔吐をする

気力も奪われていたのに、無理矢理口に押し込んでいた感じで

あった。だから2回目の夜中にやる過食嘔吐は、直ぐに気分が

悪くなり、いつも食べている半分の量も詰め込めなかった。

全てが惰性で行なわれる。これほど虚しい事はない。




勿論2度目が終わった後は、後片付けをしたらぶっ倒れた。

自分の部屋の隣で、真っ暗闇の中動けなくなった。しかし

しかしお薬を服用していない。放っておくと胃が痛み出す。

眠剤を服用せねば1時間しか眠れない・・・等の思いで、唯々

気力を振り絞って這うように自分の部屋へ向かった。

寝る前のお薬全てを飲み干した後、ぐったりと枕に顔を

埋めた。いつもよりは早い時間に眠れて、断眠しながらも

目覚めたのは16時過ぎである。そして暫くぼぉっとして、

シャワーを浴び目を覚ました。




此処の所、雨が続いている。快晴だと何か背徳感を覚え、

そんな空の下に出るのは心苦しいが、夕陽が見られることが

唯一の救いなのである。雨の日は比較的涼しいので過ごし易い。

けれども大好きな夕陽は見られないのが残念である。

最近になって漸く、雨の滴る音が落ち着いて聞ける様になった。

目の前の車通りが多い道路では常に地面の雨を弾き上げていく。

そんな音を静かに聴きながら、読書をしていた。




けれども夜になれば過食食材を買い込み、過食嘔吐をする

事が目に見えている。自ら進んで苦しい思いをする行為・・・。

自分が果てしなく愚劣なものに感じる。




食べている間は、殆ど何も考えず、只管次に食べる物を

目敏く探す。履き易い順番を考えながら。





問題なのは、全て事が終わった後、



苦しみと自己嫌悪と哀しみと

虚しさに襲われることが苦しい。




自業自得である事は分かっているが、何れにせよ立ち上がる事も

困難になる程に疲弊して、



『もう嫌だ!嫌だ!こんな苦しい思いをする位なら

死んでしまった方が本当にマシだ!




と自虐的な思いに駆られるのである。今朝もそうであった。

何もない部屋で横たわりながら、「もう嫌だ嫌だよ」

と泣いてしまった。私の身体を蝕み続ける摂食障害は、

悪化していく事はあれども治癒へ向かっている兆しは全く無い。




しかし、日中シャワーを浴びた後水分を沢山摂りながら、

読書をしている時間は物凄く落ち着いている。徹底的に食べる

事を拒絶して、カロリーゼロの飲み物を飲み続ける。

この『落ち着いていられる時間』こそ、私を死へと導く

想いにストップをかけているのであろうと感じる。




勿論読書をできなくなる程、抑うつ状態に侵されて何も出来ない

時もある。そういう時は只管その波が去ってくれるのを耐えて

待つしかないのである。




閑話休題。

今日スーパーへ向かう時は小雨で、傘を差す程でも無かった。

一瞬雨の上がった空気を胸いっぱいに深呼吸をした。

雨露の垂れる花々、木々、。それらがキラキラと見えた。

なのに私は不毛な事をしようとしているのだと思うと、

酷く気持ちが塞いでしまってどうしようもない。

しかし今日は夕方から弟が遊びに来ていて、実に明るい話に

花が咲いた。母も喜んでいて、久し振りに母と2人だけの

生活から離れ、楽しい時間を過ごした。

弟はココナッツリキュールを母に買ってもらい、ミルクで割って

味わっていたようである。美味いと言っていた。

「若造の癖に!!」と言うと、また其処から話が明るい方向へ

膨らんで本当に楽しい時間を過ごせた。




私には何もする事は出来ない。大切な家族にも迷惑をかけて

ばかりである。拒食を通して何も食べていない状態は、

そんなに罪悪感は感じないが、やはり過食嘔吐となると、

『罪悪感の塊』となる。救えない。

うつ病による抑うつ状態は、断続的に毎日続く。虚しい。




しかし事を急いても、何も得られないし良い事等ない。

ゆっくりと自分の事を省みて、自分の出来る事から色々と

始めてみようと思う。
もう正直に言うと、



『夜中の過食嘔吐はうんざりである』



草木も眠る丑三つ時もとっくに過ぎ、もくもくと無表情に

胃に詰め込み始める。只管、只管もくもくと。何の感情も無く、

嫌な事も何もかも忘れて嘔気が訪れるまで、詰め込む。

酷く惨めな気持ちになる。けれども



食べて吐かねば気が済まない。




今更もう、他の何かに縋って過食嘔吐を止める術はない。

唯、今、目の前にある現実を受け止めて過ごすしかない。

しかし、過食嘔吐を無理して我慢すると、いつか爆発する。

我慢していた分、溜まりに溜まった感情が吹き出してしまう様に

過食嘔吐も熾烈さを極めてしまうであろうと感じる。

それはとてもじゃないが耐え切れないと思う。




今日は夏至であった。今年で一番昼の時間が長いのである。

煌煌と照る太陽は、真夏の様な暑さを呈し蒸し暑かった。

今年初めてエアコンを稼働させた。その涼しくひんやりとした

風は、お風呂上りの身体にとても心地良かった。




日中は比較的穏やかに過ごせるのである。大好きな詩集を

ぱらぱらページを捲り気に入った詩を眺める。

そして知人から借りている乃南●サの小説を読み始める。

小説の世界は現実と似て非なるもので、その世界に浸れたら、

幾分自分の苦しみからは逃れていられる。




しかし問題は『夜』である。

一日の緊張をほぐす為に発泡酒を飲み、こうしてブログを綴る。

そうこうしている内に夜が深まってくる。涼しい風が吹き始め

車通りも少なくなり静寂が訪れる。そんな中で1度目の

過食嘔吐が始まる。頭の中には次に貪る食べ物の事で

占められる。そして夜中の過食は、少し強いスピリッツを含んだ

マダムロシャスを飲みながら、氷を沢山食べている内に、

ざわざわと『食べたい・食べたい・食べたい』

という欲求が湧き始めて収まらないのである。そしてその

意のままに過食を始めてしまうのである。




過食嘔吐をする自分。此れは無理矢理抑えつけては駄目である。

そうしたいと言う『子どもの自分、自分の中の自分』を、



『優しく抱き締める事』



が一番大切なことである。無理矢理押さえつけ、我慢に我慢を

重ねたとて、心が和らぐ訳ではない。此処で大切なのはきっと

『自分を大切にする事』であろうと感じる。

殆どが主治医からの受け売りであるが、物凄く胸に染み渡り、

成程と感じた。しかし此れは大変難しい行為である。

私は自分の事が大嫌いである。けれども確かに沢山傷付いた

子どもの自分が泣いている事も分かる。傷の手当をして

もらえなかった自分が・・・。しかしその余りにも脆い自分を

今の私の手で抱きしめてしまったら、泡となって飛び散って

しまいそうで恐いのである。




夜になれば近くの水田で蛙が啼く。命を燃え滾らせて。

実は、先週行なった血液検査の値が思ったよりも悪かった。

特にナトリウムやカリウム等の電解質の値は、下限を下回り

数値の横にアスタリスクが記されていた。他にもお薬を

飲んでいる為ガンマGTPの値は上限の倍はあったし、

貧血もあらゆる数値が『低い』と現す数値だらけであった。

今日から、ポカリを欠かさず飲むようにしたい。

唯、貧血を治す為に何かを食べる事は出来ないので、

此れは放置したい。




明日からは日照時間が減っていくのであろうか・・・。

夜型の私にとって、昼間は眩しすぎるからゆっくりと

夜の静けさ、涼しさを堪能したい。
日曜日は父の日であった。私の父は生存していても今や殆ど

連絡など取らないので関係は無い。しかし母の父、つまり

私の祖父の為にフラワーアレンジメントのされた籠を持って

祖父母の家へ行った。




久し振りにあったがとても元気そうで凄く安心した。

実の所祖母が作る料理はとても美味しく、いつもなら

『ちょっと一口』が過食に繋がっていたのである。だから

夕飯時の訪問は少しばかり憂慮があった。

けれども、今回は飲み物をひっきりなしに飲み、タバコを吸う

事で、食べる事からは逃れられた。

祖母は北海道出身の為、家では余り食べられない数の子を一口、

松前漬けを一口食べただけで何とか過食を免れた。




祖父は御飯を食べ終わった後眠ってしまったが、それまで

色々とお喋りをした。認知症が進行しているので、何度も

同じ事を聞かれるが、笑顔で対応できる。何よりも祖父と会えた

事が嬉しいからである。また、過食嘔吐をしなかった事で

祖母とのお喋りを楽しめた。祖母は今でもとある所で

お仕事をしているので、80歳の割にはとてもしゃきしゃき

していて元気一杯である。背筋もピンと伸びていて、何より

身体が柔らかい。体操をしているからであろう。私も

祖母から習ったつぼや呼吸法に気を付けた体操をしてガチガチに

硬かった体が今はとても柔らかくなった。




母は仕事で疲れていて、0時半まで眠っていた為、帰宅が

遅くなり、日記を更新する時間も遅くなってしまった。

しかし今日得たものはとても大きい。




祖母は一時期うつ病であった。しかし自分で治した凄い人

なのである。その経験を聞いたり、どのような気持ちでうつを

取り払ったかを聞いたりした。それはとてもパワーと思い切りの

必要なもので、元気の無い私にはとてもじゃないけれど無理だと

感じた。しかし、祖母は

『あんたはその前に、ちゃんと食べてもっと太って体力を

つけなきゃ駄目。そんなギスギスでどうするの。魅力も何も

無いよ!』


とキツイ言葉を頂戴した。確かに体力がなければ精神力も

湧いてくるはずも無く、休養しながらでも少しずつ体力をつける

為に夕方の散歩を始めてみようと思った。




祖父母は人生の師である。温かく心配してくれる。

私はなるべくなら孫として心配はかけたくないと感じる。

その為にも、少しずつで良いから、自分の生活を見直して

夜型の生活習慣をどうにかせねばならないと感じた。




祖母とは一緒にサッカーを観たり、バラエティー番組を観たり

して沢山お話した。ナノで少しスイッチが入ってしまい、

妙にテンションが高くなり苦しくなった。しかしお薬を服用する

事でどうにか落ち着いた。




でも楽しかったし、祖父母と母だけの親子水入らずで過ごす

様子も見られてとても嬉しかった。




明日はゆっくり眠って休み、疲れを取りたい。
今日は行きつけの美容室に予約を入れていた為、早目に

今朝方の過食嘔吐を切り上げ、お薬も減らして眠りに就いた。

しかしやはり起きるのはギリギリになってしまい、大急ぎで

支度をして、美容室へと向かった。予約時間に10分余り遅れて

しまった。しかし私の後には誰も予約が入ってないとの事で

美容師さんは温かい笑顔で迎え入れてくれた。




この美容師さんは、母と私がお世話になっている。とても人気の

ある個人美容室で、私がパーマのロッドを巻いてもらっている

間も予約の電話が何度も鳴っていた。他にも親子でお世話に

なっている方々もいるようである。

思い起こせば14歳の頃からこの方に髪を切って貰っているので

安心して髪と心を委ねられる。

ずっと髪をいじっていなかったので、スパイラルパーマはゆるり

としたパーマとなり、延びっぱなしのストレートの部分が

根元染めをする気力も無く、地毛であるこげ茶色の部分と

混ざり、中途半端になっていた。なので今日、背中の真ん中まで

伸びた髪を10cm切ってスパイラルパーマをかけてより短く

なり、頭が凄く軽くなった。




この美容師さんは、とっても明るい方で、40歳と言う歳が

信じられないほど若々しい。殆どノーメイクでも真っ白な肌で

シワなど見えない。それに髪型もベリーショートに沢山の

金髪メッシュが入っていて『元気一杯!』と言う感じの

明るい方なのである。私は少々鬱気味であったが、彼女と話して

いると、話題がどんどん広がっていって饒舌になる。

そして腕が抜群によく、独立しても暇な事なんてない。しかし、

休暇として外国に遊びに行ったり、その外国の友達と会話を

楽しむ為にフランス語を習ったりしている。

フランス語はとても難しいらしく、男性詞女性詞があり、

奇奇怪怪だという。私も聴いていて、大学の第二外国語を

中国語にして良かったと改めて思った。中国語は発音がとても

難しいが、得意科目の一つであった。




そしてこの美容室はとてもお洒落な内観なのである。彼女は

絵にも長けていて、お友達が描いた絵を飾っていたり、壁に

自分でグリーンのマーブル模様を描いたりしている。

トイレにはお香が置いてあって、此処にいるとまるで異国に

いるような感覚に陥る。




自分ではヘアカラーをする余力が無いので、

初めて美容室でヘアカラーを施してもらった。今まで自分で

染めてきたのである。色を相談して、ベージュに少しピンクを

入れたような色にした。明かりが当たるところに行くと、

少しピンク色に輝く。パーマはいつも通りのスパイラルパーマ。

私は痩せてから髪の量が少なくなってしまった事と、少し面長な

短所を隠す為にはバッチリ合う髪型なのである。それに根元から

クルクルしている髪型は、鏡で見るとラテン系のようで

とても元気が出る。前髪は少し厚めで眉毛の辺りで軽めに揃えて

もらった。・・・私はストレートの黒髪であると、表情がきつく

感じられ、また、貧相な感じになってしまうのである。




いつもなら日のある内から外出する事は少ないが、行けて

本当に良かった。美容師さんは面白い漫画も好きで、

少年漫画を色々と揃えているのであるが、久し振りに

『ドラ○ンボール』を1巻から5巻

まで読んだ。何も考えずポンポンと楽しく話が展開していくのは

心が解され、久し振りに漫画もいいなと感じた。




唯、ロングヘアーである為に全てが終わるまで5時間かかり、

肩が凝ってしまった。目が悪いので目の前の鏡を見ていても

ぼんやりとしか見えないし、身体が固まってしまうのである。

飲まず食わずで5時間過ごしたが、対して不調等は無く、

美容師さんとのお話が楽しくてあっという間であった。

偶にはこんな特別な日も楽しいと感じた。




全てが終わり、眼鏡をかけて鏡を見たら、随分髪の色も明るく

なり、見た目だけであるが元気そうな自分がいた。

髪形が変わるだけで心も随分変わってくる。スパイラルパーマは

私が15歳の時からかけ続けているので、本来の元気な自分が

戻ったような感じもした。




多分明日は疲れが出て深い眠りに就くと思うが、今日は本当に

美容室へ行けて良かったと感じた。元気を沢山分けて頂けたし、

また明日からの辛い日々に耐えられるような気もする。

しかし余り無理をせず、ゆっくり歩きたい・・・。
いつもの如く、夜中の過食嘔吐が長引き、酷く疲れた為

隣の部屋でぐったり倒れていた。しかし早く胃薬を服用し

眠剤も服用せねば昼に起きられなくなるので、重い足取りで

部屋に戻り、一連の作業を終えて眠りに就いた。目覚めたのは

16時である。急いでシャワーを浴び、一息つけた所で

様々な思いを頭の中で巡らせていた。




私が通っていた高校は、キリスト教プロテスタント系の学校で

あった。勿論毎朝礼拝があり、授業に聖書の時間もあった。

私は無神論者であり、無宗教であるが、聖書には色々と

気付かされる事が多く、学校で暇な時に読んだり好きな箇所に

付箋を貼り付けたりしていた。

其処で今日、ふとこの言葉が頭に浮かんできた。




『あなたがたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、

 なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。』

( マタイ・7・3〜5、ルカ6・41と42 )



と言う言葉である。

全体の文としては、

『人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。

あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与

えられる。あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ

自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって「あなた

の目からおが屑を取らせてください」とどうして言えようか。自

分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸

太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟

の目からおが屑を取り除くことができる。』

( マタイによる福音書第 7 章 )



私はこの箇所を高校生の頃読んだ時、衝撃を受けた。

『人を裁いてはならない』 事に成程と言う思いを抱き

『偽善者である自分』 を思い知らされた。

私は余り神に基づいて考えている訳ではなく、日常生活に

取り入れて思考を巡らせた。私は高校生の時も毎日過食嘔吐を

繰り返していたので、本当は半ば聖書の言葉に縋る部分が

無きにしも非ずと言う状態であった。しかし私の目の中には

丸太があり、妹弟のおが屑に気付いていても取り除いて

あげられるような人間ではないと思い知らされた。



また、『人を裁くな』と言う箇所、

『あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る

秤で量り与えられる』
という箇所には感銘を受けた。



高校生の自分がその時解釈したのは、自分の心の力量や乏しさ、

小ささが浮き彫りとなった為に、もっと温かく豊かで大きな心を

持たねばと想ったのである。

自分の目の中に丸太があるというのに、兄弟のおが屑を取り除く

事等出来ない。自分は何も見えていないのであるから。

まるで『紺屋の白袴』のようである。私は盲目的に苦しんでいる

家族を救いたいと思っていても、自分は重篤な摂食障害で

何も力は無い。妹や弟が苦しんでいる・・・つまりおが屑により

開眼できず、行き当たりばったりで周りのことを見ず、好き勝手

に生きている様を見て哀しく思いおが屑を取り除こうと思っても

到底無理な話だったのである。自分の目の中にはおが屑以上の

丸太があるのだから、到底無理な話である。

つまり何を言っても説得力は無い。

そしてそんな私が裁けるはずが無い。卑小な心を持つ私が

あれこれ言って所謂判決を下したとしても、私もその卑小な

情けない心で裁かれているという事である。

この部分については何度も熟読を重ね、いろんな解釈を

高校生の頃は求めようとしたものであった。




今も、『偽善者』と言われたら何も言い返せない。

実際自分が一番強く思っていることだからである。

しかし私はこの聖書の箇所と出逢えたことによって、少しずつ

心にゆとりを持てるようにしようと感じた。

しかし、摂食障害はどんどん視野を狭めていき、心も貧しく

乏しくなっていく気がしてならない。そんな狭い力量で

人々の事を何かと言うのは自分もその狭さの中で裁かれる訳で

あり、虚しいものである。




つまり、私がこの聖書の文章で得たものは、心を広く持ち、

豊かにして『自分の目の中の丸太』に気付く事であろう

と感じている。




私は前述の通りキリスト教信者ではないが、高校生の頃

苦しんでいる時、聖書に出逢えてよかったと思っている。

様々に解釈できる言葉が連ねられている聖書は、純粋に

読み物として読む事が出来る。そしてハッとさせられる事が

多い。




今は摂食障害にうつ病と言う重い症状に苦しみ、何も見えない

状態であるが、せめて心だけは豊かにしておきたいものである。
今朝は酷かった・・・。2度目に始めた過食嘔吐が遅い時間だった

上、物凄く疲れた。疲れ過ぎると睡眠が充分に取れない為、

只管ぼんやりする頭と疲労を引き摺る身体を持て余していた。

「夜中に過食嘔吐なんてしたくない!!!」

と強く思うのであるが、最早習慣となってしまい、強迫観念と

惰性とが両々相俟ってしまっている為容易に止められない・・・。




食べている間は『虚無感』に侵されている。

無為に次から次へと食べ物を口に入れ胃に収めていく様は

誰にも見られたくない。最早人前では食事が出来ないほど、

『食事は恐いもの。過食嘔吐前提でないと食べられない。』

といった状態に陥っている。このような状態では社会に出ても

上手くやって行けないであろう。




今日は久し振りに弟が家にやって来た。どうやら原付に乗って

いる時、ヘルメットを被らず首から後ろにかけていた状態だった

所を警察に捕まり、講習を受け直さねばならなくなったと言う。

以前から「ちゃんとヘルメット被りなさい」と散々注意し、

危ないから心配で仕方なかったので、これを機に格好つけず

きちんとヘルメットを被ってくれるであろう。




弟は、姉である私の事をとても心配してくれる。

「外出できてる?」「また痩せたんじゃないの?」「体重は?」

と矢継ぎ早に問いかけてきて丁寧に答えるが、体重の数値を

言うと、「それじゃ体も動かんよ。ちゃんと食べな。」

と言った。私は「いいのいいの。後2〜3kgは痩せても大丈夫

だから」と言うと「もう心配なんだからそれ以上痩せるな!」

と叱られてしまった。6歳年下であるが、凄く私の事を心配して

くれている事が嬉しかった。本当にありがたいと感じた。




しかし私も弟の事が心配である。今働いている塗装屋は

いい加減な所で、社長はボンドを吸っているという噂から

「ボンド」と呼ばれているらしい。本人は外国俳優のジェー○ス

ボンドと思っているらしいが。弟に八つ当たり的なことを

することも多く、次の仕事を探さねばならない状態になって

しまっている。それよりももっと問題なのは、『食事』

事である。今、弟はある事情から父の家に住んでいるが、父も

出来合いの惣菜やお弁当で御飯を済ませているらしく、弟も

食事はいつもコンビに弁当で凌いでいる。それでは栄養が偏って

しまい、何れ身体を壊してしまうと心配でならない。それは

母も同じ意見で、弟に「週に何度かは家に夕飯食べに来なさい」

と言っていた。まだ19歳の弟がこんな食生活を続けていると

いつか身体を壊してしまうかもしれないと本当に心配である。

まあ、その前に自分の身体を心配をしろと言われてしまうが・・・。




本当に久々だったので色々な事を話せたのが嬉しかった。

今日は弟が来るというサプライズがあったからか、母も幾分

嬉しそうにしていた。少しテンションが上がったのか、私とも

沢山のお話をした。一緒に買い物をしている時に、会話を

交わせたことが私もとても嬉しく感じた。

特に今日はATMに、生命保険代と定期預金用のお金を

振り込もうと列に並んでいたら横からすっと図々しいオバサンが

順番を抜かして私の前に立った。イラっときたが、順番は

守らせてもらうぞと、その時操作していたおじさんの横後ろに

つけたら、おじさんが終わった後、堂々と割り込んできた。

腹が立ち、「私が先に並んでたんですけど?」と言ったら、

「私が先よ。」と全く図々しい事この上なかった。

もう言い争う気力なんて無いので、「あぁ、もうどうぞ」と

譲った。あのオバサン特有のふてぶてしさは何処から来るので

あろう・・・。その事で母と会話が盛り上がった。




嫌な事があっても、母とこうして会話を持つ事で発散される事が

嬉しかった。本当に母の存在の大きさを改めて感じた。

もし独りなら暗い暗い気持ちのまま、すっきりしない気分を

持て余していただろうと感じる。




今日は久し振りに弟とお話をして、母とも沢山会話して、

幾分心が軽い。しかしこれから訪れる過食嘔吐の宴を考えると

気は重くなってしまうが・・・。




取り敢えず焦らずゆっくり進もう。もう私は今更焦ったって

何も手に入れることなんて無いのだから。

母の為に生まれて来た私は、母が死ぬまでは生きる。その後の事

なんて分からない。『生きる意味』は母が息を引き取った

時点で私には無くなるのであるから、その後の事は天に任せると

したい。

せめて読書する時間をたっぷり取れるよう、生活習慣を

少しずつ改めたいと思う。
夜中の過食嘔吐が終わりに近付く頃には、もう空が白み始めて

いる。新聞配達のバイクのエンジン音が聞こえ、

鳥も目覚めて啼き始めている。

TVが朝のニュースを報道し始めた頃、全てが終わり、

漸く就薬を服用出来る。眠気が訪れるまでカルーアミルクを

少しずつ飲みながら、一服する。もう固定されてしまった

私の行動である。日が昇り皆が活動を始める時にやっと

私は眠りに堕ちる事ができる。そうする内にどんどんと世間から

置いてきぼりを食っている感覚が身に沁みる。




就薬+αでたっぷりと睡眠を摂るのであるが、夢を見てしまうと

眠った感じは薄く、次から次へと襲い掛かってくる夢ならではの

災難に必死で対抗しているのである。そんな夢を見た後は

心身共に疲弊しているのである。そしてまた、目覚めた後に

『〜せねばならない』と言った行動へ移す。幾ら具合が

悪くても、しんどくて疲れていても、必死でシャワーを浴びる。

その後はいつも通り水を沢山飲みながら読書に耽る。

それだけで私はもう精一杯である。




先日、ほんの出来心で体重を測ってみた(主治医からは測らない方が良いと言われていた)。

最後に測った時から2〜3kg減っている程度だった。

これだったらまだ痩せても大丈夫であると安心した。

体重の数値に左右されるのは、もう真っ平なので、又当分体重を

測ることはないであろう。

けれどもその数値を見たことで『痩せ願望』

勢いを増してしまったことは否めない。




『太ると言う恐怖』

これは根深く心に蔓延っていて、私にはどうにも出来ない。

取り敢えず今の生活を変えないでいれば体重が増える事は無いで

あろうが、もっともっと痩せなきゃならないという想いは

強くなっていった。だから徹底した拒食を貫く日中と、

夜と夜中の過食嘔吐を崩す事が難しくなった。

もっと痩せたければ、夜中の過食嘔吐を失くせば良いであろう。

しかし私は虚ろな目をして無意識の内に始めているのである。




世間では社会を成立させる為に人々は働く。

中には病を患いながらも、生活の為食べていく為に必死に働いて

いるのである。私と同じ病を持った人も凄く頑張っている。

うつ病を患っている人も一生懸命働いている。

それを感じると、「私は何て体たらくな人間なのだ」

自分自身に怒りを覚える。




こうして私が病気の症状に魘されている中でも、世間は社会は

止まらず次へ次へと進んでいく。追い縋っても付いて行けない

程のスピードで。私はこのまま此処で腐っていってしまうような

気がしてならない。兎に角今は人が恐い。凄く疲弊している。

何だか病気の為に生きているような感じさえするのである。




主治医に言われたが、病気と闘っても仕方ないのである。

唯、今のこの状態で必死に心の中の葛藤を続けながら、

少しでも生き易い方向へと、自分を見つめて傷付いた所を

癒していくしか術はない。




一番楽しいであろう10代前半から今までずっと摂食障害で

あった。『食べる事』は人間にとって生きる為の基本的な

行為である。それに障害が生じると言う事は、生きる事が

どんどんと困難になっていく。摂食障害の患者は年々増えてきて

いる。今や小学生にまでその悪魔の病気は及んでいる。




それでも世間は走るように私の側を駆け抜けていく。

とても付いては行けない。今は未だ、私の中心にある傷を

癒す力すらない。




だから、お薬で心身を休め自然治癒力に任せる部分が多くなって

くるのであろう。




焦っても何も良い事は無い。世間に置いていかれるのはとても

哀しいが、今はゆっくりと身体を休めていつか動き出せるまで

力を溜めたいものである。
昨晩から降り続けている雨は止む事なくしとしと地面を打ち、

濡らしていく。私は雨の音が余り好きではない。特に夜の雨は

このまま自分の世界が崩壊してしまいそうな程の著しい不安感を

呼び寄せる。




夜中の過食嘔吐ほど苦しく虚しいものは無い。

草木も眠る丑三つ時に、俄かに食べ物を食べ始める。

殆ど腑抜けの状態で、唯、吐き易いような食べ物を選び次々と

口に運んでいく。この醜い姿は決して誰にも見られたくない。

淡々としているが、胃が重くなるにつれ苦渋の表情を浮かべつつ

それでもまだ胃へと食べ物を詰め込んでいくのである。

生きてはいるけれども、何だか半死半生の状態でもある。

だから過食嘔吐を終えた後は、ぐたりと力が抜ける。それでも

後片付けが残っているから、気力を振り絞って食器を洗い

ゴミを片付ける。そして人々が起床し始める時間に私は漸く

就薬を服用し、唯一の安らぎである睡眠の世界へと身を投じる。



酷く虚しいけれど、自業自得だから仕方が無い。



それでも睡眠が充分な睡眠が得られた日は、比較的平穏な

日中の時間を過ごす事ができる。最近はミネラルウォーターを

飲みつつ氷を食べ水分をたくさん取って新陳代謝を促しながら

読書が出来ている。この頃よく読んでいるのは乃南アサの

作品が多い。彼女の著書は人間模様が興味深く描かれていて、

時に泣ける作品もある。私はそうして現実世界から逸脱して

その本の世界に浸っているので、心持ちが比較的楽になる。

精神的に不安定な時、苦しい時は文字を追うことすら辛いが、

以前よりはペースが落ちたものの読書ができるという事に

喜びを感じられる。




しかし問題なのは、『過食嘔吐』以外では

固形の食べ物を全く受け付けなくなった事

である。家の中を少し歩いたり、トイレへ行ったりするだけで

何ともいえない気怠さが付き纏う。立ち上がるときは眩暈が酷く

少しの間うずくまる事も増えた。



『極度の栄養失調』



である事は薄々気付いているが、どうしても胃に異物感、

不快感が残るし、それが過食嘔吐に繋がってしまう為に

食べる事は出来ない。眩暈や立ち眩み、怠さが酷い時は何とか

即席のスープを作って摂取するが、お腹が空いている感覚が

もう分からない為に、最近はそれが出来ていない。




正に今、闇の中を彷徨っている感覚がしている。自分は一体

何処へ向かおうとしているのか、病気を治す気はあるのか、

栄養不足に因って働きの鈍い脳では何も考えられない。



『ただただ、痩せていたい、痩せねばならない』



という想いで自分自身全体が侵されている感じがする。

この想いの出所なんて掴めやしないが、無視できない。




しかし、焦った所で何も改善されるものがある訳ではない。

最低限の栄養や電解質を含む流動食をちびりちびりと摂取して

後は気力だけで息を繋げている様なものである。




これでも今日は随分落ち着いた日中を過ごす事が出来た。

最近の変わった傾向として、

『夜中に過食嘔吐する気は失せている』

というものがある。どうしても今までの癖というか惰性で

やってしまうが、此処でストップをかけられる事が出来れば、

少しは身体が楽になるのではないであろうか。

焦らず、ゆっくりとそのタイミングを掴み取りたいものである。
この頃はゆっくり充分な睡眠が取れているからか、

酷い抑うつ状態に陥る事は少なくなってきている。しかし日常を

抑うつ状態で過ごしている事には変わりなく、まるでこの現実は

ナイトメアがずっと続いている感じが否めない。




悪夢から解放されない日々に、恐らく慣れてしまったので

あろう・・・。どろどろとした暗闇に足を取られて前へと進めなく

なって、もうどれくらい経つのであろうか。

ちゃんとお薬も服用しているにも拘わらず、鬱の黒い波が

押し寄せてきて、息苦しくなってしまう。



昼間は抑うつ状態。夜は過食嘔吐。



安らぐ術が解らない。過食嘔吐を止める術も解らない。

毎日毎日強迫観念と強迫行為に支配されて、それに突き動かされ

ているように唯ぼんやりと思考を止めて従っている。




比較的調子の良い時は、読書も出来る。ゆっくりとソイラテを

味わって、一服して暫し身体の力を抜いて安息を得る。

しかしどんなに調子が良くても、夜には過食嘔吐が待ち構えて

いるのである。どんなに時間を遅らせても避けられない。

頭の中で



『食べろ、食べろ、そして嘔吐しろ』



とずっとその思想がぐるぐる延々と廻っているのである。

そしてそれは『せねばならない』に変換されて

もう逃れる事はできない。




私の本当の気持ちは、



『過食嘔吐なんてしたくない』



という事である。こんな苦しい事を自ら進んでやりたいなんて

思う筈は無い。胃が張り裂けそうになるまで食べ物を詰め込み

涙を流しながら嘔吐する行為は普通の人から見れば『異常』

であるとしか形容できないであろう。けれどもそれが私の

『病気』なのである。それは認識している。




努力によって1日に8〜9回も過食嘔吐をしていた状態から

抜け出し、どうにか2回にまで留められるようになった。

特に日中やらなくなっただけでも良くなっているであろう。

症状が酷かった頃は大学生の時で、先ず目が覚めたら過食嘔吐、

後片付けが終わり暫し何もやる事が無くなると学校へ出発する

寸前までまた過食嘔吐。帰ってきてからも休むこと無く何度も

食べては吐いていた。苦しかったし、レポートなど課題が

出されていても食べて吐きながらもこなしていた。今は

そんな気力など無い。喜べる事かどうか分からないが、一番酷く

症状が出ていた頃に比べて過食嘔吐の回数が減った事で

体重もするすると落ちていった。今は日中かなりストイックに

過ごし、夜になったら2回過食嘔吐が爆発するように始まる。

正に現の世界に起きているナイトメアである。

眠っている間も悪夢にうなされ、目覚めてからも悪夢のような

残酷な現実が待ち受けている。正直、逃避したくなる。

逃げる場所なんて何処にもありはしないが、何処か病気も何も

無い所、過食嘔吐なんて言葉を知らなかった頃、普通に食事を

摂れていた時・・・それらは過去の事になってしまう。けれども

あんなに辛酸を嘗めていた、何をしても叱責され体罰を受け

何をするにもびくびく怯えていた頃には戻りたくない。

だから私はこの身を持て余し、病気の症状に振り回されるままに

生きる事しか出来ないのであろう。




焦っても仕方の無い事だとは充分承知しているつもりである。

しかしいつまで経っても良くならず、反して悪化していく病状に

治る見込みはあるのであろうか・・・。

取り敢えず明日1日は生きよう。それがいつまで続くかなんて

分からないが、この苦しみは自業自得と受け止めねば

とてもじゃないがやってはいけない。

酷い抑うつ状態が降りかかってこないよう祈るしかない・・・。
久し振りに見上げる空は、余りにも青く青く瞳に沁みる様

であった。寒くも無く、暑くも無い。自分に纏わりつく柵など

忘れて、太陽がやや傾きかける前に玄関の扉を開け、

空を仰いだ。雲ひとつ無い快晴。私の心の中は物凄く曇っていて

今にも土砂降りの雨が降りそうなのに反して、私の目に映る空は

ただただ明るい温もりを携えた太陽が誇らしげに照らしている。

私は胸いっぱい春の昼下がりに漂う空気を吸い込んだ。

まるで心が透くような想いがした。

一瞬、自分が病気であるということを忘れていられた。




昼間の内に干されていたお蒲団は太陽の匂いがした。

私は顔を埋め、とてもとても懐かしい感じを覚えた。




そうして思考は自分の内側へと向かう。何でこんな病気に

罹ってしまったのか。何処で道を踏み外したのか。

幾ら考えを廻らせたとしても、答えなど何処にも無い。




そして私には『自分が無い』

特記するような趣味など無いし、自分はこういう人間だという

確立したものなど皆無である。毎日毎日、病気と言う悪魔と

対峙して必死に生き長らえている様な状態である自分・・・。

一瞬でも気を抜けば、うつ病に因る症状が身体を支配して

虚無感と空虚感と、死への願いが増幅くしていくのである。

全く何とも言い表せない身体症状に悩まされる。




そして毎時毎分摂食障害が付きまとう。

根深い所にあるこの病気は簡単に拭えない感情は次から次へと

私を責め続ける。

日中は飲み物だけで過ごさねばならない。

夜になれば2回の過食嘔吐をせねばならない。

胃に入れたものは全て吐き出さねばならないetc...





この呪縛は容易に解けない。これこそが私の病気の根源にある

ものだから・・・。




私には『自分が無い』というのは、この病気こそが自分を物語る

ものであるからであろう。自分の全てが病気と言うものに

支配されていて、それ故に右往左往する。症状が出始めたら

落ち着いて自然の温もり、果てしない大きくて優しい力を

感じ取るアンテナは折れてしまい、目の前に現れるのは

砂嵐だけである。頭の中に幻聴が響き、立つ度に

貧血に因って目の前が真っ暗になったり起立性低血圧による

眩暈と立ち眩みが襲ってくる。そして夜になれば無我夢中で

食べ物を詰め込む自分。余りにも醜くて目を背けたくなるが、

これが現実なのだと言い聞かせるしか術はない。

今日もまた過食嘔吐が今か今かと待ち受けている。

強迫性障害は、妥協を許さない。だから

やらねばならない事として脳にインプットされて

いるのである。




麗らかな午後、あんなに自然の温もりを感じ、太陽の眩しさを

目に焼きつけ自然の壮大さを胸いっぱい吸い込んだのに、

それが全てリセットされてしまって、忽ち『病を患った自分』に

引き戻される。「見たくない」と目を逸らしても、

何処を向いても、病気に侵された自分がいる。




兎に角母を悲しませない為には生き続けるしかない。

胸にどんな傷を負ってしまおうとも、母の為、祖父母の為

私が出来るのは息を繋ぎ生き続けると言うことであると、

今日改めて確信した。
日毎に身体に疲れが蓄積されている所為か、過食嘔吐後は本当に

酷く疲れている。嘔吐しきった後は動くのもやっとで、

殆ど精神力で身体を突き動かしているような感じである。

しかし後片付けは必ずやらねばならないので、朦朧とする頭で

食器を洗い、ゴミを片付け、残った食べ物を冷蔵庫に収納する

と言った一連の作業を毎日やっている。私がきちんと後片付け

しないと、母に負担がかかってしまうからである。




そうして今朝は6時頃倒れこむように床に就いた。しかし少し

動き回った事で頭が覚醒していて身体と頭が分離しているような

感覚に陥った。過食と嘔吐をした後は、兎に角背中が痛い。

だから金属のマッサージ棒にツボを刺激する為の丸い玉が

付いた物で、背中を押していたら、ごりごりに凝っていた。

そして就薬をガバッと服用して枕に顔を沈めた。




寝付けたのは凡そ6時半頃であったろう。しかし目覚めたのは

15時50分を過ぎていた。こんなに眠ったのは久し振り

だったので、一瞬時計を見た眼を疑った。そしてなにやら不快な

気持ちになった。これではいつも定めている1日のスケジュール

通りに行動できない。やらねばならない事が出来ない。暫く

頭を悩ませた後、素早くシャワーを急いで浴びて頭と身体を

すっきりさせ、どうにか落ち着かせた。1日2リットルの

ミネラルウォーターを飲まねばならないのに、今日は起床時間が

遅かった為、1リットル飲むので精一杯だった。

過食嘔吐によって電解質に異常が生じているので、本当は

スポーツドリンクと一緒に飲むべきであるが、カロリーのある

ものを飲みたくないと言う気持ちから、水だけは大量に摂取

して、身体の自然治癒力の力に任せ、脱水だけは防ぐように

している。




だから今日は焦って過ごし、とてもじゃないがゆっくりした

時間を過ごせなかった。でもそのお蔭か、過去の傷を回想せずに

済んだ。それだけは救いである。心穏やかで居られたのだから。

未だ消化・昇華出来ていない心の深い深い傷やトラウマは、

しつこく根付き、引っこ抜く事は出来ない。だからその傷に

ついて話すのはカウンセラーの前か主治医の前のみに

留めていたいと思っている。




余り落ち着いて、焦らずゆっくり過ごせた1日では無かったが、

読書を嗜む時間はあった。氷をたっぷり入れたお水を飲みつつ

好きな作家の本を読んでいる時間は何も考えずに済む。

その本の世界に入り込んでしまえば、辛くて苦しい現実からは

ほんの少し遠ざかっていられるからである。




強迫性障害があると、幾ら『焦らずゆっくり』

を心掛けていても、『〜せねば、やらねば』という思考に

心が支配されて落ち着けない。正直苦しい。

自らの手で己の首を絞めているようなものであるから・・・。




しかし、色々な病気を抱えているのも自分であるし、それを

治癒へ向かわせるのも自分の力である。勿論其処に主治医や

カウンセラーの助力は必要不可欠である。摂食障害やうつ病

またその他患っている病気は、決して気合とか気の持ちようで

治るものではない。




だから、『焦らず・ゆっくり』を心がけ、出来るだけ

静養を大切にして、自分の事をきちんと見つめ直し、

苦しいこの現実を打開していくしかないのであろう。

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