洗脳、恐怖による支配・・・。
2006年5月2日 診察・カウンセリング コメント (4)先日とは打って変わって涼しい1日であった。
少し風の強い日で、その風がシャワーを浴びた後の身体に
とても心地良く感じられた。今日は14時台に起床でき、
熟睡できたので気分も幾分すっきりとしていた。
今日は火曜日なので診察日であるが、いつもの如く外出する
気力など無く、母がお薬を取りに行ってくれた。また、数分
ではあるが、母と主治医がお話をするようになっている。
主治医が母に言った事は、いつもと変わらず
「段々気力が落ちてスーパーへ行けなくなり、過食嘔吐を
する気力もなくなり堕ちる所まで堕ちれば治癒へと向かいます」
と言うものであった。私はその事を心得ているのであるが、
何も出来ない、動けなくなったら治癒へ向かうといわれても、
その苦しさは耐え難いものであろうと感じている。
今日の電話診察では、私が幼少期の頃より親からの身体的、
心的暴力により抑圧されて洗脳されている状態である事を
気付かされた。その洗脳を解くのは、その『気付き』こそ
大切なのだと言われた。しかし、私は今もその洗脳は解けて
いなくて、それは『恐怖』が関係しているから
であるとされている。子どもの頃は母からの虐待、父からの言葉
による虐待。誰も頼れる大人がいなくて、認められたい為に
必死に勉強も習い事も必死に努力して頑張ったが、それは
ことごとく無視されて、私の悪い所だけ取り上げられて叱責
されていた。反して妹や弟は何を頑張らなくとも可愛がられる
という状態。しかし私はそれが特別な事だとは感じられず、
認められようと必死であった。けれども或る日気付いた。
父は自分のコンプレックスから私を責める。
だから子どもの思考しか持ち合わせていない子どもなんだ。
と言う事である。そこで父親からの言葉の暴力は受け流せる
ようになったが、私の体型を罵る言葉だけは呪縛として残り
其処から脱する為に「ダイエットという自己コントロール」
によって抜け出せたと思っていた。けれどもそのダイエットが
摂食障害となり皮肉な結果に陥ってしまったが。
そして・・・恐怖による支配。私はこれに縛り付けられてきた。
今でも、『太る恐怖』からは決して逃れられない。
大袈裟かもしれないが、死ぬ事より太る事の方が恐いと思って
しまうのである。
また、心の奥底に根付いている物凄い恐怖。
それは私が小学6年生くらいの頃、母が自殺未遂をして、それを
偶然が重なって私が発見してしまった事である。
私達子どもを置いて死に逝こうとした母を見て、その衝撃たるや
恐怖を通り越していた。だから私はその日から何度も首を吊る
練習をしたり、息を限界まで止めてみて死ねないものか試したり
した。今も、その恐怖はその一言では例え切れない激しい
ショックとなって心の傷になって残ってしまった。
また不運な事に、当時の担任の中年オバサン先生は言葉が汚く、
少しでも粗相したり失敗しようものなら
「ボケ、かす、くそ馬鹿、阿保ナス」
とありとあらゆる言葉で責められた。そんな事が重なり、父母の
怒鳴りあい喧嘩が絶えなかった為ストレス性胃炎を患ったので
あるが、その為に授業中保健室に行かざるを得なくなっても
担任は
「あれは情けない人間の象徴だ」
と私のいない間に
クラス中の笑いものとして罵っていたのである。また保健室でも
腹痛を訴えても「どうせ仮病でしょ」とか「本当に痛い訳?」
等と疑ってかかられて、心も体も休まる所はなかった。
本当に悪い時には悪い事が重なるものだと思った。
その頃は母の事を守るのに精一杯であった。一方的に母を詰り
罵詈雑言を浴びせる父に対し恨みの念も持っていた。
洗脳・恐怖・呪縛・支配。これが私を物語る全てであろう。
洗脳は、気付いた時点で振り解ける。強迫観念もそれによって
少しは和らぐとされている。
『気付く事』・・・。
心の病を患っている自分にとって大切なキーワードだと感じた。
少し風の強い日で、その風がシャワーを浴びた後の身体に
とても心地良く感じられた。今日は14時台に起床でき、
熟睡できたので気分も幾分すっきりとしていた。
今日は火曜日なので診察日であるが、いつもの如く外出する
気力など無く、母がお薬を取りに行ってくれた。また、数分
ではあるが、母と主治医がお話をするようになっている。
主治医が母に言った事は、いつもと変わらず
「段々気力が落ちてスーパーへ行けなくなり、過食嘔吐を
する気力もなくなり堕ちる所まで堕ちれば治癒へと向かいます」
と言うものであった。私はその事を心得ているのであるが、
何も出来ない、動けなくなったら治癒へ向かうといわれても、
その苦しさは耐え難いものであろうと感じている。
今日の電話診察では、私が幼少期の頃より親からの身体的、
心的暴力により抑圧されて洗脳されている状態である事を
気付かされた。その洗脳を解くのは、その『気付き』こそ
大切なのだと言われた。しかし、私は今もその洗脳は解けて
いなくて、それは『恐怖』が関係しているから
であるとされている。子どもの頃は母からの虐待、父からの言葉
による虐待。誰も頼れる大人がいなくて、認められたい為に
必死に勉強も習い事も必死に努力して頑張ったが、それは
ことごとく無視されて、私の悪い所だけ取り上げられて叱責
されていた。反して妹や弟は何を頑張らなくとも可愛がられる
という状態。しかし私はそれが特別な事だとは感じられず、
認められようと必死であった。けれども或る日気付いた。
父は自分のコンプレックスから私を責める。
だから子どもの思考しか持ち合わせていない子どもなんだ。
と言う事である。そこで父親からの言葉の暴力は受け流せる
ようになったが、私の体型を罵る言葉だけは呪縛として残り
其処から脱する為に「ダイエットという自己コントロール」
によって抜け出せたと思っていた。けれどもそのダイエットが
摂食障害となり皮肉な結果に陥ってしまったが。
そして・・・恐怖による支配。私はこれに縛り付けられてきた。
今でも、『太る恐怖』からは決して逃れられない。
大袈裟かもしれないが、死ぬ事より太る事の方が恐いと思って
しまうのである。
また、心の奥底に根付いている物凄い恐怖。
それは私が小学6年生くらいの頃、母が自殺未遂をして、それを
偶然が重なって私が発見してしまった事である。
私達子どもを置いて死に逝こうとした母を見て、その衝撃たるや
恐怖を通り越していた。だから私はその日から何度も首を吊る
練習をしたり、息を限界まで止めてみて死ねないものか試したり
した。今も、その恐怖はその一言では例え切れない激しい
ショックとなって心の傷になって残ってしまった。
また不運な事に、当時の担任の中年オバサン先生は言葉が汚く、
少しでも粗相したり失敗しようものなら
「ボケ、かす、くそ馬鹿、阿保ナス」
とありとあらゆる言葉で責められた。そんな事が重なり、父母の
怒鳴りあい喧嘩が絶えなかった為ストレス性胃炎を患ったので
あるが、その為に授業中保健室に行かざるを得なくなっても
担任は
「あれは情けない人間の象徴だ」
と私のいない間に
クラス中の笑いものとして罵っていたのである。また保健室でも
腹痛を訴えても「どうせ仮病でしょ」とか「本当に痛い訳?」
等と疑ってかかられて、心も体も休まる所はなかった。
本当に悪い時には悪い事が重なるものだと思った。
その頃は母の事を守るのに精一杯であった。一方的に母を詰り
罵詈雑言を浴びせる父に対し恨みの念も持っていた。
洗脳・恐怖・呪縛・支配。これが私を物語る全てであろう。
洗脳は、気付いた時点で振り解ける。強迫観念もそれによって
少しは和らぐとされている。
『気付く事』・・・。
心の病を患っている自分にとって大切なキーワードだと感じた。
コメント
気づく事・・。確かに重要ですよね。。
私の主治医は今、自分で認識できてるストレスは目に見えてる
から心にそんな負担はないそうです。
ただ、幼少期から受けてきた傷など長い間かかってついた
今、意識してない傷が問題なんだと言ってました。
それからは意識的に母と話をするようにしてます。
私の幼少期は母が全てだったので・・。
>「段々気力が落ちてスーパーへ行けなくなり、過食嘔吐を
する気力もなくなり堕ちる所まで堕ちれば治癒へと向かいます」
この言葉をお母様が聞くのかと思うと堪らないですね。
現状のナノさんを見ていて、更に堕ちてくだなんて・・。
うちの母だったらきっと耐えられません。
少しでも過去の自分から解放されるといいですね。
私も過去の自分と向き合います。
気づきは子育てでよく耳にします。自分のなかの気づきは
こころの成長には欠かせないものなのです。
それは 気づくことで自分に足りなかったものを 認識して
今度はこのようにすればいいと心が勉強するのです。
私が子供たちに3つの約束を3歳になったら約束させてます。
1・自分にされて嫌なことは人にしない
2・ズルと嘘は駄目
3・人の話は顔をみてよくきく
特に1番は誰かに叩かれて痛い思いをしたとすると 叩かれて痛いから 人にしてはいけないと気づくまで やってしまいます。
ナノさんの日記のなかに 私は気づいたことがあります。もうナノさんは気づいていると思いますが すべての恐怖や呪縛の本当の底に沈んでるナノさんの魂が本当に喜ぶこと・・・それは ナノさんのありのままの自分を愛してもらいたいということ・・・愛されるためにがんばってきたこと・・・
本当は愛されるのに条件は必要ないのです。
本当に大きな課題を背負って生まれてきましたね。でも きっと ナノさんは課題を克服できる鍵をにぎっているとおもいますよ。ただそれは 簡単できることではないかもしれません。たくさんのいろんな事がからみあっているからです。
すこずつほどいていきましょう・・・
今日も一日ゆっくりと生きてくださいね・・・
ミルクさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
ミルクさんの主治医が仰る通り、自分で認識している
ストレス源は然程負担は無いと自分でも感じます。
そして、確かに小さい頃から積み重なってきた傷や
苦しみは長年かけて深く深くなってしまったものであるから
容易に解くことは出来ませんね。
フラッシュバックが起こるのもその所為ですね・・・。
いつも温かい言葉を残してくださりありがとうございます。
心配してくださる事をとても嬉しく思います。
でも結局は自分の力で、治癒へと向かわせなければ
ならない事ですね。
母は私が落ち込んでいたら優しく肩を揉んでくれたり、
背中を摩ってくれたりとゆっくり焦らず見守ってくれて
います。それが一番の日常生活の中での救いです。
ミルクさんも苦しみから逸早く抜け出せるよう、
此処で祈っていますよ^^
yuyuさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
いつも優しい言葉をかけてくださり感謝しています。
yuyuさんの仰る子育ての3原則はとても大切ですね。
それはひとえにyuyuさんの心の優しさから生まれでた
大切で重要な事由だと思います。
yuyuさんが私の日記を読んでくださって気付かれた事、
その通りかも知れません。ただ、今は実感がわかないの
ですが、ありのままの自分を認めてほしいという思いは
心の奥底にあるのは確かです。子どもの頃から必死に
頑張っても頑張っても認められなかったので、
今もその思いが蔓延っていて「もっと頑張らねば」と
躍起になってしまうのかも知れません。
確かに愛されるのに条件は必要ないですね。
胸に刻みたいと思います。
yuyuさんも大変な中、こんなに私の事を考えてくださる事は
感謝の一言では言い表せません・・・。
本当にありがとうございます。
それではお身体に気をつけて症状が少しでも和らぐと
良いですね。